布団とシーツの記憶

By 2017年5月7日緊縛コラム

2010年12月17日、東京駅から銚子犬吠埼行きの2時間のバスの中にこれから続く6年半の二人の揉め事の芽が埋まっていた。

初めてのデートが、2時間のバス旅行では車中の会話も途切れて気まずい思いをするのでは・・・と思い、俺の過去の緊縛写真をi-padに入れて持っていった。美帆にとっては他の女の縛りの写真に目を向けるのはおぞましいことである、彼女が見るのは自分の縛られた写真であった。この時は、これにあまり深い訳はないが後に大きな傷となる。

俺は本当に多くの女に裏切られ軽蔑され罵られた遍歴で、極度の女性コンプレックスであり異常な女性崇拝者でもある。そんな俺が車中で<俺は女がいないと生きていけない。声をかければいつでも女を調達できる>と云ったと美帆はいう。馬鹿な。こんな禁句を云うはずがない、バスに揺られて観たくもない女の画像を見せられて、美帆は幻聴を作りそれをしっかり脳の襞に刻んでしまう。これも喧嘩の原因の一つだ。
だがまだ二人は始まったばかりだった━愛が始まったばかりだと云わないのも、この後3年あまり俺はあえて愛と云う言葉を美帆につかわなかった━この1泊の縛りのレッスンは美帆の<また会っていただけますか?>で継続する事になった。週1あるいは週2で歌舞伎町のラブホを撮影場所とするようになる。なんの使用目的もなくお互いの欲望を満足させるだけの撮影であったが美帆は場面に物語を作り始めていた。それは主に刑罰でむごたらしく死んでいった女囚たちを脳裏に浮かべるようになっていく。3年後には江戸の鈴ヶ森刑場、小塚原刑場の跡地を巡ることになる。

ビジネスホテルに入った美帆はまるで我が家のようにして楽しそうだ。猫のように俺の足に噛みついたり、舐めたりして愛嬌をふりまいている。縛るわけにはいかないが、その風景は女の幸せをみる。このころの二人はタフであった。11時にチェックアウトして軽い昼食をとり、歌舞伎町のラブホへと、はしごをしていた。ラブホのスリッパで尻を叩くとはちけるようないい音がする。美帆の両腕は紫色に鬱血して尻を突き出している。パンパンと廊下までもれるような大きな打擲音に酔い、俺が昂っていく。

1件のコメント

  • キャリア35年+α より:

    なるほどなるほど、まさに混沌とした心のすれ違いによるぶつかり合いも継続は力、一人の女性ともめて、軽蔑されののしられただけで、女性に幻滅しかけた凡人の私とはえらい違い、さすがです。
    お二人の写真を見て、愛憎入り混じる緊縛感が感じられるのは、写真が率直に事実を切り取っていた、ということでもあるのですね。
    それにしても今回の写真を見ていると、飽きもせず、こんな風にスリッパで、魅惑のお尻を赤く腫れあがらせてみたくなります。

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