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| 事業者の名称 |
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株式会社杉浦則夫写真事務所 |
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| 営業所在地 |
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東京都新宿区荒木町16-403 |
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| 電話番号 |
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(03)-3357-2078 |
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| 代表責任者 |
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代表取締役 杉浦則夫 |
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| 会社成立の年月日 |
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平成2年12月7日 |
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| 届け出等 |
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(映像送信型性風俗特殊営業届出)
東京都公安委員会第28885号 |
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| 業法に関する資格 |
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1.雑誌、書籍、ビデオカセット等の編集、
制作、出版
2.通信提供サービス業
3.貸しスタジオ業
4.前各号に付帯する一切の業務 |
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申し込みのために必要な販売、
商品条件の表示 |
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CD/DVD-ROMの販売
有料コンテンツ配信型ホームページ
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| 支払方法 |
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クレジット決済 銀行振込 代引き |
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| 返品期限 |
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商品の特性上、返金はご遠慮下さい。 |
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1942年4月9日生まれ
18歳まで名古屋で暮らし、デザイン専門学校に進むが得るものなく中退。TV用人形劇の大道具のバイトを経験し、70年代の初めに浅草東洋劇場というストリップ劇場の進行係・照明係などを務める。
当時すでに伝説的な踊り子さんたちは引退し興行は斜陽だった。その一方でピンク映画がめざましい台頭ぶりを示すころである。
当時のピンク映画は今観ても一時代を築いた影像の美しさを持っている昭和48年頃、故太古八郎氏から団鬼六先生を紹介され、鬼プロ制作助手のような仕事につく。当時の鬼プロは、ピンク映画製作とピンク映画上映館で幕間に1時間程行われるピンク芝居をとりおこなっていた。この興行には都内で劇団が10余ほど参加し、鬼プロも作団鬼六、女優紅まちこ、座長太古八郎で大いに活躍したものだった。
その後、鬼プロは「SMキング」を発刊し、編集者として参加する。主に写真撮影を担当するうちに手習いでカメラも扱えるようになる。SM撮影の現場を3〜4年の経験し、その後カメラマンとして独立する。
当時SM雑誌の主流だった「SMセレクト」「SMファン」などを軸に仕事をし、昭和末期には「SMマニア」「SM秘小説」の巻頭グラビアも担当するようになる。
この頃は、SM雑誌がもっとも勢いをもっていた頃で団鬼六、千草忠夫、美濃村晃、辻村隆などなど大家が、多くの読者を魅了していた。
その後三和出版に活動を移し、SM写真集から各種のマニア雑誌の巻頭カラーを撮影し現在に至る。
今回サイト開設にあたり、その頃の写真原稿を整理しサイトに掲載することにする。要望があれば当時のモデルさん、作家さんたちのエピソードもいずれ記憶を辿ってみたいと思う。 |
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